優しかった気持ち

人がつくったものが好きです。AKB48劇場公演。

ダリ回顧展

風邪のせいで、行くのが半月伸びてしまいましたが、
この日のほうがその次の予定までの時間があったので、ゆっくり見ることができました。
しかし、平日であの人の数とは……土日は死んでも行きたくないw


サルバドゥール・ダリは、ミレーさん完全否定の画家だからって今まで嫌ってきたけど、
彼の生い立ちを知るにつれてそれもしょうがないことなんだなと想えるようになってきて、
それから彼の感情や精神面なんかを思い描きながら、絵を見るようになりました。


マティスキュビスムマグリット…いろんな画家の影響がみられる絵もありました。
「ダリの絵だよ」と言われなければわからないほど。まぁ見事に忠実に吸収するよな…と感心です。



ミレーを風刺した絵。

油絵と素描がきていました。
彼の著作を読んだけど、ミレーの《晩鐘》に、自分の抱える不安だとか恐怖だとかがシンクロしすぎてるんだとわかりました。
彼の幼少時代からしてしょうがない軌跡なのかな…と感じます。
油絵の《ミレーの《晩鐘》の考古学的記憶の増大》のほうは、二人の人物が廃墟として描かれていて、
自分は廃墟趣味とか大好きな人間なので、見ていておもしろかったですw



《焼いたベーコンのある自画像》

あの超有名なやつです。正方形に近い形で、想ってたより大きなキャンバスでした。
「カマンベールチーズのよう」に今にも崩れそうなダリ、それを支える松葉杖、目元口元を這う蟻の群れ、かりかりに焼けたベーコン。
一つずつを読んで考えていたら、だいぶ長いこと絵の前に立ちつくしていました。
彼の考え方や姿、シュールレアリスムとしての画家や描き方からも、ずばり的確に自己を表した自画像なんじゃないかなと感じました。



《原罪》

シュールレアリスムがずらり並ぶ中、唯一?普通のタッチの絵がありましたw
まぁ彼からしてみれば全然普通ではないんだろうけど…くたくたの靴と、蛇のアンクレットをつけたガラの左足が描かれてます。
くたくたの靴のモチーフってどこかで見たことあるなと想ったら、どうやらこの絵にはゴッホへの敬愛がこもってるらしい。



《記憶の固執の崩壊》

《記憶の固執》から20年ほど後の作品らしいけど、こっちはもう戦後の作品。
”核”の脅威を取り入れて描いているようです。あの魚は鰯でいいのかな?
どっちの作品も小さなキャンバスなんだよね。
実物を見ないと、本当の迫力や精緻さは感じ取れないよなとつくづく想うのでした。



ポルト・リガトの風景》、《世界教会会議》

羽根の生えた人物、十字架をもつ天使は、妻のガラを象徴してるらしい。
不安定だったダリの精神を支えてくれたのも彼女のおかげなんでしょう。
きっと彼女がいなければダリはここまで来れなかったんだろうな。
不安に支配されてるようにとれる彼の絵・歩みだけど、なんだかんだで幸せな画家だったんじゃないかと想えます。




「私の絵を理解してもらおうだって?描き手である私自身さえ、理解できないというのに?」と画家の言葉にもあるように、
他者である私たちがダリの絵を理解しようとするのもなんだかおかしいことだけど、
群がる蟻、松葉杖、頭にパンを乗せて自転車をこぐ人、原形をとどめていないチェロや時計…
全部にそれなりの意味があるんだなと見てて感じられました。
ダリが苦手だった自分としては、行ってよかったと想いました。おもしろかったです。


年明け1月4日まで無休ですので、興味と根気がある方はぜひどうぞ。
ダリが好きな人には満足な企画展だと想いますよ。