叱られるということは

人間として向上していく上では、かかすことのできないこと。
どんなにつらいことを言われたとしても、自分の負を直すためには通らなければならない道である。


思うのだが、
不出来があるといつも叱られる人と、不出来があってもほとんど叱られない人がいる。
この差は何なのだろうかと考えたところ、
叱る側の対応のしやすさなのではないだろうか。


「怒らないで」とビクビクした態度、「何か問題でも?」とすまし顔のヤツ、
この類の人間には、叱ってもそれを吸収してもらえない。
叱る気も起こらなくなる。
これをふまえると、
ダメなヤツはいつまで経ってもダメ、
上へ上へいきたいヤツはどんどん向上していく。
叱られる側の態度っていうのも、人間の向上に不可欠な要素なのではないだろうか。


叱られる側にこの態度を求めても、叱らないことには変わらないとおもわれるので、
ここで要求されるのが
叱る側のクオリティだと思う。
ガチガチになった相手の頭に、どう注意を流し込むか。
うまくその堅ーい頭を柔らかくして、柔軟性を取り戻させ、注意を吸収させる。


たいていの人間は感情で「怒」ってしまいがちだが、
やはり「怒る」と「叱る」は別物である以上、
「叱る」ことは感情ではなく、頭(理性)でやるべきことだ。
これがまた難しいわけだが…。