私の頭の中の消しゴム

2回目公演の11日(火)の朗読劇「私の頭の中の消しゴム」に行ってきました(*´ω`*)
幕があがって出てくるまで全然意識しなかったのですが、自分が最後に増田さんに会ったのって11月のWIZ後の握手とその後のロビ観だけで、
目前でお見かけするの半年ぶりだった(*´ω`*)www
ちゃんと生きてた。よかった…



劇は、浩介と薫の馴れ初めのウエイトが大きいんですね。
結婚するまでが劇の前半を占めていて、後半に発病という展開。


恋愛のハッピーな感情が溢れてくる台詞では、本の文字ひとつひとつに落ちる有華の眼差しが本当に愛おしそうでした。
大好きなもの(人)を語るというところでは、中野ブロンディーズ瑞希を思い出しました。もうずいぶん前のことですが……
あの頃よりも、いやウィズよりも格段に成長した、きちんと聞きとれる発声でした。
朗読劇という形式上その点はとても注意したでしょうし、舌の栓を切る手術もしたし練習も積んだでしょう。
今までのような「なんて言った?」って見失う箇所がほとんどなくて、
自然に演技として聞き入ってしまいました。
浩介のぶっきらぼうなデートプランを羅列する台詞で一か所、関西弁のイントネーションで「なんで…」と始まる台詞がありましたが
あの仕様がなかったら増田有華さんが大阪弁をしゃべる方だということをすっかり忘れてたくらいでしたww


増田さんは、役に入り込むと目が本当に変わりますね。
喜んだり夢中になったり愕然としたりいろんな表情を見せるのは、瑞希もドロシーもそうだったけど
病気が進行してボーっとした状態の薫は光の入らない瞳が底なしに真っ黒だったし。
抑揚の変化にさらに磨きがかかってました。


自分の座席は上手側だったのですが、位置的に薫がちょうどよく見えました。
耳の隠れた茶色く厚い髪の横顔、しかもジャケットの肩がちょっとツンとしてるところが、
なんだかクリムトが姪を描いた作品にとても似ていて、ついでをいうと以前付き合ってた人のことも思い出してしまいw
施設で浩介が口にした「綺麗」という言葉がすっと腑に落ちるくらいに綺麗でした。



記憶について

一時期話題になった(※10年以上前)『ぼくらはみんな生きている』という本がいろいろと衝撃的で今でも焼きついています。
18歳の時にバイクの事故を起こし、ご飯を食べる意味も限度もわからなくなってしまうほど重度の記憶喪失になり、基本的な生活を覚え直すところからスタートという本当の意味で「第二の」人生を歩まれている方のノンフィクションなのですが、
彼はエッセーの最後に「今一番こわいのは、事故以前の記憶が蘇って、事故後に積み重ねた自分がいなくなってしまうこと」だと書いていました。


アルツハイマーについては永作博美さんが出てるドラマ(本劇の原作でやっぱり結構前)でちょっと見たことがあるくらいで、病気としてよく知らなかったのですが
悪化する一方ではなくて調子が良い時もあり、元の健常な状態に戻ることがある、というのが一番残酷に感じました。
「薫」の人格は衰退せず身体の中に刻みこまれたまま。
それが浩介の微かな希望になり、同時に手放すきっかけを掴めず絶望にもなる。


浩介と母親の関係について説得する薫の言葉に「お母さんだけ部屋に閉じ込めて鍵をかけて、自分は外でぶるぶる震えてるだけ」とあった。
(あれの「部屋をあける」を「空ける」だと勘違いして聞いていたら「開ける」らしいということを後々理解したという(´・ω・`))
このイメージが尾を引いて、
アルツハイマーがどんどん進行していく中で「薫」は自分の心の中の部屋に閉じ込められてしまってるみたいに見えました。
浩介に宛てた手紙は出られなくなった部屋の中から必死に訴えかけているよう。息を飲む朗読でした。
記憶ではなく「薫」が経験してきた過去として、脳を含めた薫の肉体に刻みこまれて残っているんですね。



物語の感想を述べるには難しい劇ですが、
やっぱ堰を切る演技の増田さんは迫力があって良いですね。しとやかさも増してなお素敵でした。
今までMCやラジオでやってきた萌え声の経験も生かされていましたし、本当、意味のないことはないですね(*´ω`*)w



どんなに河西さん河西さんって言ってても、自分は増田さんだって好きなんだなって再確認しましたw
忘れてたわけじゃないけど、増田さんが好きな気持ちを思い出せてよかった!

例えるなら、スケッチブックのこっちの表紙に河西さんがいて、あっちの表紙に増田さんがいるんだ!それだけのことだ!
表も裏もないんだぜ!どっちの表紙から開くか、それだけの違いなんだ!
……よくわからない例えだろ!
俺もよくわからない!


…というわけで、今週末は逆からページをめくって渋谷で河西さん!
Mineのリリースイベントです(/∀\*)昼公演にいってきます!