千と千尋の神隠し

昨夜金曜ロードショーにて放送。DVD持ってるのにやっぱり観てしまう。
赤みが気にならなかったのはハイビジョンマスターで放送されたからとか。DVDってどんなもんだったかな…確認してみよ。
しかし、あらためて背景画の水彩のすばらしさを感じた。
最新技術を追い求めるディズニースタジオではもう切り捨てられてしまった、着彩の懐かしさがジブリにはある。
しかも人物のセル画との違和感がないんだからすごい。


深読みのし過ぎは厳禁だけど、いろんな見方ができておもしろい。
何度観てもあらためて気がつくことがある。
「性」を問う姿勢だとか、カオナシの存在とか、湯婆婆と坊の関係だとか、千とハクの関係ももちろん。
こはく川に靴を拾おうとして落としたこと、靴を脱いで湯屋にあがったことなどと関連づけて、「靴=活動力」と解釈されている意見もあり、とても興味深い。*1


物語序盤での、千尋のおどおどして何もできず頼りない受け身な状態に、ものすごく身に覚えがある。
今もそうなのかもしれないけど、少なくとも以前の自分にはそんなことがあったなと。
誰もが成長してひとりで歩けるようになる過程で経験することなのだろうけど、それが欠落し得るのが現代。
その欠落があっても大人になり、社会に居られるという不安感、ある種の恐怖。
まずはそれ―自分が本当に「生きる力」を持てているか―に気がつくことが大切なんだと思う。