ぬぐ絵画 | 日本のヌード 1880-1945【@東京国立近代美術館】


東京国立近代美術館「ぬぐ絵画」展特設サイト

今日が最終日。上野や六本木のように爆発的な混雑ではなかったものの、
会期ギリギリにかけつけた同じにおいのするモノ好きの人々が多かったような。
大きく3章に区切られ、出品は約100点。


19世紀フランスのアカデミックな画風を日本に持ち帰り、西欧的な「はだか」の概念を日本に開拓した。
なかなか著名作をお目にかかる機会がなかったのだけど、ようやく黒田清輝の偉大さを痛感した。
《智・感・情》のその重要性も、ラファエル・コランの継承の仕方も、日本だからこそ。
その始まりが1893年
解説にあった、作品をみた見物人の嘲笑的な反応もはっきり目に浮かんだ。それまで日本で「はだか」といったら、性的衝動を喚起するポルノグラフでしかなかった。
もし黒田が、客観的に「はだか」をみる姿勢を提示してなかったら、2次元3次元の作品にしろ映像にしろ、こんなにも「性」に関する表現が日本で富むのはもっと遅れたんだろうな。今でもまだ不自由な部分はあるにしろね。
地域は全然違うし時代も多少ずれるわけだけど、シーレが生きた保守的なオーストリアの文化がいかに窮屈だったか、その立場を立体的に想像することができた。ちがうんだ美しいんだって訴え続けた末の名声なのか。
新しい価値観を大衆に与えるって大きく粘り強い影響力が必要なんだ。


その後の20世紀初頭の萬鉄五郎梅原龍三郎小出楢重らへの系譜も明解。
見者もすっと入りやすいですます調で、しかも口語体のキャプションに助けられ。
萬の《裸体美人》は図版でも展示室でもなんども観る機会があったけど、「はだか」の美術が日本に広まっていく文脈のうえだと作品の観方もずいぶん変わったし、重要視される意義もよ う や くわかりました。
こんなで美術史続けててもうしわけがたたないと感じたくらいにはよくわかった。


「いい展覧会」とはいうもんだけど、著名作もお目にかかれた上に構成の骨組みもしっかりしていてすばらしかった。いい展覧会でした。