ぐりむの法則「東京のぺいん -over work-」【20171210 14:00-/19:00-】

観てまいりました。河西さんは今年いくつか舞台に立っていますがミュージカルが続いていたので、東京のぺいんが初めてのストレートプレイとのこと。ダブルキャストは2役あって、この日の昼・夜公演で全員分を観ることができました。

■Cast 宮下貴浩、SHOGO(175R)、松田大輔(東京ダイナマイト)*、河西智美木戸邑弥山内鈴蘭SKE48)*、仁藤萌乃*、篠原あさみ、清水一輝、本川迅*、青地洋、堤裕樹、廣瀬菜都美、篠原功、秋庭英雄、和田彩、寿香、中島美月、坂本光郎、田尻佑衣、戸羽恭介、大山彩花、田尾美咲姫、寺川雄斗、日野陽仁
■主題歌 SHOGO(175R)
■音楽 楠瀬拓哉(OVERCOME MUSIC)

設定

河西さん演じるのは開始10分で駅のホームに落ちて電車にはねられる亡くなる平優子。彼女の死をきっかけにした殺傷事件が起き、東京に暮らす人たちの過去や葛藤、人間模様、想いが浮かびあがってきます。ストーリーは捜査1課の刑事市井と宇民、交番勤務のおまわりさん保住の3人が進める捜査とともに進行していきます。ステージは大きく3つに分かれていて、時間軸が見事に交差してそれぞれ2人3人単位で物語が抱えた過去が回想されていくので、冒頭で亡くなる優子も何度も登場しました。
優子は長崎で本屋を経営する父とふたり暮らし。東京で働いてお金を貯めていつか父の本屋さんを継ぐことを夢見ている27歳。そんな彼女が電車に引かれた出来事は、自殺か事故か事件かわからない。稼ぎのためにオフィス勤務と風俗で働きながら自分を保つためにリストカットをくり返していた彼女が生きるのに苦しくなり自殺を図ったと見る者がいて、一方で亡くなる日の朝彼氏と行きつけのパン屋さんでパンを選び仕事に遅れないよう出かけていく彼女の姿に自殺するようには見えなかったという証言が集まる。どちらも平優子であることに間違いはない。上司の指令で捜査を打ち切ろうとするが、自殺未遂の経験がある刑事・市井は優子の死が腑に落ちず、同僚の宇民の力を借りながら捜査をすすめていきます。

いろんな人

舞台は刑事の捜査を軸に進んでいくものの、彼らは住民たちの過去や想いを明らかにする役割を与えられているだけ。被害者家族との会話はどれも儀礼的なものばかりで冷たい印象がありましたが、それは仕事だから。刑事・巡査それぞれ、首にロープの跡が残っていたり奥さんと娘に死んだ者扱いされて子どもに会わせてもらえなかったり、独身だったりバツイチだったりお財布ピンチだったりと、刑事たちもあくまでの東京の住人ひとりとして描かれていました。市井さんのくたびれた感じは味があったな。ぼけーっとしたマイペースな巡査はダブルキャストでしたが、どちらもそれぞれ面白みがあってよかったです。松田さんのほうは年相応の味があったし、本川さんのほうはひょろひょろしていかにもドジでお金にルーズなんだけど優し気な感じが現れててよかったです。

私は血も涙もないやつなので残念なことに今回の観劇で涙することができませんでしたが、悲しみや寂しさではなく、人のあたたかみ、不甲斐ない日常にひっそりと盛り込まれている愛をこの重く深刻なテーマの中に感じることができたと思っています。お客さんのために焼いたあたたかいパンのように、愛する人のために書いた願いのように、幸せであってほしい家族のために働いて稼いだお金のように、あたたかみは至るところにある。この物語では失った時に初めて気づく大切な温度が見え隠れしていました。もとには戻せない、だから切ない。

本当にいろんな人が出てきましたけど、一人何役もこなしていた中村さんみたいな人や、保住みたいな三枚目がいるから笑いもしっかり起こせるんですよね。ここ笑うところかよってくらいシリアスな場面でぶっこんでくるところもあったけど、バランスがよくて楽しめました。個人的に中村さんは銭湯の番台さんが一番好きでした。あの口調と発声だいすきww優子の事故が起きた時のホームにいて手を差し伸べた駅員もこの中村さんが演じていますが、彼も彼で「目の前にいたのに助けてあげられなかった」とぺいんを抱えている。宇民は市井に「おまえ一人が辛いみたいな考え方はよせ」と注意しますが、疲弊しきって過労死したいとか泣き言いってる市井だって宇民や千絵に影響を与えてる。一人の人間が周囲に与えるモノって無数にあるんだなと目がくらくらしました。登場人物が緻密に関わっていてひとりぼっちの登場人物がいないことは、どんなに冷徹な社会でも一人では生きていけないってことの証になっているように思えます。

優子もまた、市井のように一人でいろんなものを抱え込みがちな少女でした。高校生のころからリストカット常習犯で内向的、学校に友達はなく本が友達です。

疑心

ステージに欠陥のある人が登場すると、その人が優子が死んだ原因を作った犯人ではないかと疑ってかかります。声を荒らげていつも忙しそうにしてる職場の課長が出てくれば「こいつの叱責で優子は病んだんだ」と思うし、風俗で働いていたことがわかれば「むりやり働かされてたんだ」と思うし、俳優を目指していた紐彼氏のやすくんを愛してたんだとわかれば「ダメ男を好きになったばっかりに…」と苛立った。
でもひとりひとりの物語を紐解いていくと、ストレスや問題こそ抱えているけどみんな誰かの助けになろうとしていて、悪い人なんて誰一人いないんです。そして誰か欠陥のある適当な人物がステージに現れるたびに、観劇している自分も一緒になって「おまえのせいで優子は死んだんだ」と悲劇の犯人を押し付けようとしていました。
ああ。この感覚は日常と似ている。人身事故で電車が遅延すればこんな時間に自殺するなよと憤り、仕事でうまくいかないことがあればあいつのせいだと責任を押し付けたがる、そんな日常ととてもよく似ていました。優子が亡くなったこと(私は事故だと思いました)、あるいはホームレスの人の母子が無差別に殺害された過去の事件だって多分その人が死ぬべき理由はなくて、たまたま運悪く"選ばれて"死んでいったのだと思います。でも残された人は理由なき死に納得なんかできてなくて、こじつけでもいいから怒りと悲しみのやり場を探している。そんな虚しい責任転嫁がくり広げられて苛立ちが蔓延しているのだなと思いました。舞台が最後まで終わった後、物語を詮索していた自分が恥ずかしくなりました。多分、優子が死んだことに"理由"なんてないのに。

劇中、様々な紙がばらまかれます。オフィスの書類、紙幣、優子の死を悼むようにその後数日降り続いた白い雪の紙吹雪、そして赤い血の紙吹雪……終演時のステージはくしゃくしゃに踏みつぶされた紙でいっぱいになっています。最後にたたみかけるようにばらまかれて客席の前のほうにも紙幣が飛んできていました。オフィスのシーンでばらまかれる書類にはきちんと文字列があって、何が書いてあるんだろうと終演後に寄って見てみると縦書きの台本でした。私は存じ上げませんがそれらはおそらくこの劇団の皆さんがこれまでになさってきた「仕事」の台詞やト書きではないでしょうか。あとは白を基調としたこの「東京のぺいん」のチラシも混ざっていました。ステージの上に散々ばらまかれて舞ってくしゃくしゃにされていた紙は、どれもステージの上で必死に働く彼らの"仕事"や"生きた痕"でした。

まことが生きるためにたくさん作った偽札を撒いてみせるシーン、下にいる優子に、「ひらひら落ちるお札は蛾みたいだろ」「こんなものに価値がないことをみんなに教えてやる」と言います。同じシチュエーションで、自傷行為をやめることができない優子にまことが手首を切ってみせる場面もありました。血液を紙吹雪で表現するって面白いな…照明で赤くするとかそういういたずらな演出でなくて、ただ津々と溢れる血が表わされていてよかった。全然違うけどコピー用紙で指を切ることが多い自分なので()紙と血の印象って結構自然にリンクしました。そんな演出上の血も含めて、優子は紙に翻弄されていた。

そんな中で愛される「紙」もありました。学校ではひとりぼっちの優子は、たいら書店の本がお友達です。そして夢を綴った「願いが叶うノート」があります。学生の頃からずっとしたためていたノート。お父さんのお店を継ぎたい、動物殺処分がなくなってほしい、満員電車でみんながおはようって挨拶すればいいのに、結婚したい、やすくんが笑っていてくれますように……いろんな願いが書いてあるノート。優子がこのノートを開くとき必ず歌っていた。父とやすくんが開いたときも消えかけた歌が聞こえました。この舞台には様々な紙が登場して怒鳴りや呻きとともに投げ散らかされていきますが、優子の願いが叶うノートだけは特別で、その表現のために音楽がテーマのように添えられていたんだと思いました。

あと歌といえばリストカットした直後にも優子は同じ歌を鼻歌していましたね。歌が願いの象徴だとしたら、優子は手首を切りながら何を願っているんでしょうね。楽になりたい、だったりするのかな…。一方でメンヘラ的解釈を当てると自傷行為をくり返す人の「死にたい」の本意は「生きたい」だということも言えたりして、正解なんてなくて優子自身ももしかしたら脚本や演出作った方も根拠はないのかもしれないけど、いろんな見方ができる場面だなと思いました。ただし他のシーンの優子と比べると二面性のコントラストが強くて、千絵も言っていたようにちょっと怖かったですね。

最後のシーンでは舞台セットの上の段から優子が紙飛行機を飛ばすと、飛行機のエンジン音が入りやすが長崎に着くという演出で、細けぇようまいよと、もうぐーのねも出ない。あの紙飛行機には優子の願いが乗っていたのかなーなんて思うと、秋元康Pの作詞にまみれたAKB48・とも〜み推しとしてはやはり「僕たちの紙飛行機」を思い出してしまいますねw 紙飛行機つくるの下手くそな子どもだった故自分ではよくわからないのですが←、紙飛行機って夢とか希望とか前向きなものを乗せて飛ばしたくなるものなんですね。空を飛ぶものだからかな。小道具がうまい…

あ、いたい

舞台の最後の台詞は、やすの「君に会いたいよ。会いたい…」。2度目の会いたいは「あ、いたい」に区切られてて「あ、痛い…」に聞こえました。冒頭でやすを切りつけてかかるまことは「あいつ(優子)の痛みをおまえも知るべきだ」と言っていました。この時、この舞台の最後の最後でやすが初めて負った傷ではなく胸の疼きを意識して「痛い」と言った。優子に甘えながら生ぬるく生きてきたやすの目が覚めた瞬間でした。「会いたい」は「あ、痛い」と感じた時の助けを呼ぶ言葉なんだと思いました。やすは「またあの頃に戻りたい」と言って、役者をあきらめて就職しいずれ結婚しようと誓って優子に指輪をプレゼントした日のことを思い出し、長崎のたいら書店の優子の父のもとへとスーツで発ちます。やすは痛みを知ってどうにか立ち直ることができた。ぐりむさんうまい、やりよる。やすがもしあなたみたいな先輩と出会えてうまくやれていたら、優子と歩もうとしていた人生はまた違うものになっていたかもしれませんね。

優子とやすが二人で歩んだ人生は不慮の事故で終わってしまって、優子がひとりでいろいろな問題を抱えていたことが明るみに出た。それは起きてしまったひとつの悲劇なんだけど、この舞台の素晴らしいところはそれを悲劇で終わらせないで、生きている者に繋げること。市井は妻が風俗で働いている諸々の事実を、調査の中で宇民から知り、相手の気持ちに気づき、迎えにいきます。優子が風俗で働いていることを知った時のやすも同じように動いていたら、舞台の上の歯車はなにか1つ変わっていたかもしれません。過ぎてしまったことは取り戻せなくて、やすはもう優子のぺいんを一緒に抱えてあげることができないけど、そのぺいんを引き連れてやすは長崎へと立つ。やすの歯車はもとに戻せないけど新しい何かを見つけることができた。市井と千絵の歯車はもとに戻せた。ささやかな救済にこの舞台を包みこむ優しさを見た気がしました。ヒリヒリするけどあたたかい。まことが優子の手首に巻いてあげた包帯の下の痛みも、こんな感じだったんじゃないかなと思ったりします。

2017年の年の瀬に

東京のぺいんは昨年に続き上演された舞台ですが、今年はサブタイトルに「over work」と掲げられています。尋常じゃない仕事が原因の過労死、自殺、残虐な殺人事件が再三取り上げられ、ニュースを聞くたびにまたかと気持ちの底が重たくなることが多かった。そんな2017年の年の瀬にぴったりの舞台でした。
えのもとぐりむさん、私はやすのことを笑えないくらいの落ちこぼれだし美術史かじってただけのただの人なんだけどこんな分際でも言わせてほしい。芸術ってあらゆることに意味がないと美しくないではないですか。このテーマを、この方法で、この表現で、今この時代に、この場所で作る、そのすべてに意味がないと美しい作品にならない。でも「東京のぺいん」はその要素がすべて満たされていた。偉そうなこと言わせて。やりよるな、ぐりむさん。すごいよ。こんな舞台、久々に観ました。ありがとうございました。
観劇から数日たった今でもふいに思い出して、いろいろ考えを巡らしてしまうくらいおもしろい舞台でした。感想は尽きないんですが、いったんここまでにしてブログを終えたいと思います。


年明けすぐには初めての主演ミュージカル「アイランド」があり、北朝鮮がミサイルをぶっぱなした夏には戦争の悲劇を描いたミュージカル「ひめゆり」があり、そして年の瀬にはこの一年の日本の情勢が織り込まれた「東京のぺいん - over work-」。2017年に河西さんがいただいた舞台はどれも素晴らしい作品で、彼女が見せてくれた景色に様々な社会の問題を考えさせられました。心を痛めながら観たステージもあったし、その痛みを実感できたからこそ想いを強くできたこともあった。自発的には舞台に脚を運ばない私は河西さんや好きなメンバーをきっかけにチケットをとりますが、美術史やってた血が騒いでしまってやっぱり人が作るもの、演劇っておもしろいなあとニヤついてしまいます。そんな良い観劇が続いてとても充実した1年でした。河西さんありがとう^^もっといろんな作品を観たくなりました。年明けのミュージカル座「サイト」も楽しみにしてます。