青山メインランドファンタジースペシャル ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」【20180728 15:30- @東京国際フォーラムホールC】

行ってきました(´ω`)この週末は台風が近づく大荒れの天気でしたが、東京駅着で国際フォーラムまで屋内通路で移動できてとても助かりました。本当に親子連れが多くて、ヲタク族いるのかしらってくらい家族連ればかりでした。ちびっ子から小学生高学年まで。夏休みだもんねー…と会場の雰囲気に押されて到着直後から泣き出しそうになる私()。がっぽり列の半分は席が空いているところもあったりして、台風でお出かけできなくなっちゃったファミリーも多かったんだろうな。

開演時間になると、客席通路から久保田磨希さんが登場。ステージの幕にプロジェクションマッピングされた巨大な本を開くとお話が始まります。ライザは、下手端あるいは上手端にあるスツールに腰掛けて、観客と同じように舞台を観ています。
子ども連れで楽しめるように他にもたくさんの仕掛けがあって、拍手や声を出すシーンがあり、上演時間の配分は事前に細かく貼り出されていて、休憩は1時間起きに2回入り、舞台は3部構成です。ロビーにはフードコーナーで買った食べ物をみんなで座って食べられるスペースがあり、フェイスペインティングや迷路やボウリングのゲームが用意されています。休憩明けでステージに登場したライザが、「フェイスペインティングした人〜?(挙手を煽る)…少な!!!電車が遅れたのかしらねえ」なんて笑いを誘っていましたw 休憩時間や終演後にはロビーにピーターとフックの着ぐるみ(と言ってしまっていいのか…)がお見送りや記念撮影に応じるなど…。この舞台はホリプロで38年続いているそうですが、その長い歴史だけあってもう徹底的に親子連れが楽しめるようにコミットしていました。

休憩中に後ろの親子が「ウェンディがおやすみおやすみ♪って歌ったら、●●くんも本当に寝ちゃったね」と笑っていたのが微笑ましかったです。河西さんの歌声は心地良いですからね(´ω`)あとそういえば、私が小学生だった頃、親が連れて行ってくれた着ぐるみの舞台もピーターパンだったのを思い出しました。子どもも楽しめる舞台演目として鉄板ということなんでしょうね。

吉柳咲良…ピーターパン、河西智美…ウェンディ、莉奈…タイガー・リリー、入絵加奈子…ダーリング夫人、久保田磨希…ライザ、ISSA…フック船長/ダーリング氏
萬谷法英…スミー、笠原竜司…ヌードラー、章平…スターキー、森山大輔…チェッコ、井上祐貴…マリンズ、小島亜莉沙…スライトリー、鈴木亜里紗…ニブス、滝川華子…トゥートゥルズ、鈴木麻祐理…双子、出口稚子…カーリー、小山圭太…ジョージ・スコーリー、長嶋拓也…アルフ・メーリン、松本城太郎…チャールズ・ターリー、石上龍成…フォジェティ、三浦莉奈…ナナ/ワニ、持田唯颯…ジョン、岡本拓真…マイケル

ピーターパンは本当の初出が1904年の舞台で、その後にピーターパン名義で小説が出版されてまた舞台化してシリーズ続編が出て…を繰り返したちょっと珍しいパターンの作品です。1953年のディズニー映画ではピーターパンがスパッツのようなピッタリとしたボトムスを履いていますが、あれは初出の舞台へのオマージュだと雑誌で読んだ記憶があります。(私は単に空を飛ぶに当たって空気抵抗少ないほうがいいよね!という理由でスパッツだと理解してたんですが違ったみたいですw)

話の大筋はディズニー映画のピーターパンと同じでした。ウェンディの氏名も同じ。フルネームは原作から変わっていないのかしら。ダーリング夫妻と愛犬ナナがウェンディ、ジョン、マイケルを寝かしつけると、ピーターがやってきます。見知らぬ少年が窓から覗き込んでいるのをダーリング婦人は気づいていて、ピーターパンの影を引っぺがして抽斗に隠してしまいます(ディズニーだと婦人じゃなくてナナだったような…?)。

ナナは良い役していましたねw登場するだけで笑いが起こる3枚目なポジションでしたが、会場をなごませてくれました。時おり、飛行装置とりつけのために時間稼ぎが必要なつなぎの場面があり、ピーターパンならではだなと。命にもかかわる重要な作業で手間も時間もかかりますが、横着せずにたくさん飛行してくれたのが嬉しかったです。空中で自在に動き回るのを見ると本当にこの人はピーターパンなんだなって思いました。

この主演の吉柳咲良さん、14歳なんですって。信じられますか?私は信じられませんでした。パンフレットの鼎談を読んだ今でも信じられないです。お腹からの発声がよくわかる太い声で、彼女自身の若さも相まってとても初々しいピーターパンでした。初々しいといっても演技は若さから想像できなかったほどしっかりしていました。堂々としていて、舞台向けのお化粧をすると本当に少年のよう。かっこよくも子どもっぽい愛くるしさがありました。

歌って踊れるフック船長はまさかのISSA。河西さん増田さんの舞台を追っていて、彼にお目にかかるのはこれで何度目だろうか?() ウィズの時もそうでしたがISSAの顔立ち、立ち振る舞いってファンタジーの登場人物にぴったりですね。悪役ですけど、ちくたくワニを怖がっておどけて見せたりするところはコミカルだけど、悪事を働くところのダークさには深みがあって、いい味を出していました。

先にも出しましたが、印象的だったのはライザ。途中、ネバーランドロストボーイズに鳥と勘違いしてウェンディが矢で射落とされてしまいます。ロストボーイズ達はミッションを遂げてピーターに褒めてもらえると大喜び。でも、ウェンディは死んじゃったんじゃないの?そんな不安を鑑賞者はぬぐうことができません。この後、ピーターがあげた"キス"(お守り)を首から下げていたところに矢が刺さっていたおかげでウェンディが無事だったとわかるまで、ライザはずっと不安そうな顔をしていました。他の場面でも、楽しい場面では笑って手を叩いたり、リズムに乗って歌ったり、会場に目配せして話しかけるそぶりをしながら一緒に観劇しています。
観劇経験が少ない子ども、あるいは子どもを連れてきたはいいけど観劇慣れしてない親御さんだとどこを観てどういう感情になって楽しんだら良いのか、わからないんですよね。舞台と客席の仲介役になって寄り添ってくれる存在が必要で、それが久保田さんのライザでした(大きな絵画なんかでも1人だけこっちを観て描かれる人物がいたりする作法があります)。ライザはファミリー舞台ならではの役だなと感じました。

河西さんが演じるのはウェンディ。ディズニー好きを公言していたし、毎年恒例のホリプロのこの舞台を観に行っていたのも知っていたから、出演が決まった時は嬉しかっただろうなぁ。河西さんを思うと、最初は飛ぶのを怖がりそうだなーとか想像してしまいましたが、そこはもちろん、ステージに立てばおとぎの世界に夢を見るひとりの少女。ワクワクしながらピーターパンを見てて、妖精の粉が降りかかるとふわりと宙を舞います。飛んだ瞬間、この日会場に着いた時からこらえていた涙が溢れて止まらなくなりました。正直自分でもどういう感情で泣いているのかまったくわからなかったし、今思い返してもよくわからないんですが…。河西さんの立場にしてもウェンディの立場にしても、夢って想い続けると叶うんだなというのを観客の子ども達に交じってうるうると感じてしまいました。次の舞台にセーラームーン、それも月野うさぎ役なのが決まっていたこともあるかもしれません。本当にこの御方は、どこまでいっちゃうんだろう。

教養のあるお姉さんのウェンディはピーターパンの影を縫い付けてあげ、みんなに食事を作ってあげ、シンデレラをはじめたくさんのおとぎ話を聞かせてあげます。「ママ」と呼ばれているように、ネバーランドに住む彼らにとってはママに変わる存在になります。
そういえばこの舞台には「人魚の入り江」や人魚たちは出てきませんでしたね。ディズニー映画だと、ピーターパンに惚れてる人魚たちと女のドロドロした争いになったりして正直面倒()なんですが、タイガーリリーはその類とはちょっと違うし、この舞台では唯一ティンクがその位置にあったと思います。ティンクはプロジェクションマッピング上のシルエットや、光の色だけで描かれていて人の言葉をしゃべらない特別な存在で、パンフレットで河西さんも触れているように「ピーターパンとウェンディ」の物語になっていて、よかったですね。
ピーターパンは孤高の少年という感じ。永遠に子どもで居たいのであればパートナーを見つけるのも絶対必要ではないし、そうすると台本で恋愛模様を描くのも二の次になりそうですね。「大人/子ども」の間で揺れるみんなの姿が描かれていました。特にお年頃のウェンディ。ピーターパンという永遠の存在に憧れつつも、素敵なママになることを夢に描いている。

ママとして愛され、みんなをまとめていくウェンディ。思ったんですけど、子どもの時ってどうしてあんなに大人になって”ごっこ遊び”するんでしょうね。女子はのりのりでママ役とかお姉さん役とかやりますよね、男子にパパ役押し付けてパパ役は他の男子とわいわいサッカーとか”お仕事”してるんですがwwウェンディが読み聞かせてあげてる本の内容が、自分たちの物語(ピーターパンのあらすじ)になっているのはゾクゾクしましたね。おとぎ話の世界の人になってしまって、もう戻っていかれないような不安。子どものままで居たいと言いつつも、やっぱり日常への後ろめたさはあるんでしょうね。

ジョンとマイケル、迷子達を束ねた大きなままごとは、演技とはいえ次第にピーターを苦しめていくことになる。子どもでありたいピーターがふてくされてぶっきらぼうになる態度は、観ていて面倒くさいなあとかつては感じていましたが、大人になった今きちんと向き合ってみると、「大人になりたくないから子どものままでいるけど、周りの仲良くなった人は皆大人になっていく現実」というのはなかなかに重たかった。迷子たちはピーターを慕っているけど、大人になることについては肯定も抵抗もないから、多くの人に慕われ囲まれていながらピーターパンは孤独なんだなと。子どもの笑い声とともに生まれて、信じる気持ちが消えたら命が尽きてしまう「妖精」。ティンカーベルのような妖精を従えているのがピーターパンだけなのも、この舞台で聞いて納得ができました。舞台の最後、迷子たちはダーリング家の子どもになって大人になっていきます。本当はウェンディは、ピーターパンにもこちらの世界に戻ってきてほしかったでしょうね。

フックが仕掛けた毒薬をピーターが飲んでしまわないように身代わりになって飲んだティンクを生き返らせるためには「妖精はいるって信じること」が必要で、「信じてくれる?」とピーターが問いかけた時、会場から即答で「信じるー!」と子ども達の声が上がりました。何度か問いかけるたびに声が「信じるー!」と声が増えて、最後には同意を求めるピーターに向けて盛大な拍手。なんて素直なんだろう。素直に思ったことを叫べる子ども達にちょっと安心しました。正直「いねぇよw」と押し黙った子もいるのでしょうけどそう思う動機も含めて、どうか無垢のままで。

舞台の最後、ピーターがウェンディに対して「君は大人になりすぎた」と言うのはずいぶんグサリとくる一言でした。部屋にやってきたピーターパンにはしゃいで楽しそうに空を飛んでいる娘のジェーンの下で、切なげな表情を浮かべているウェンディ。どんな気持ちで二人を見ていたんでしょうね。シンプルな答えはない場面だと思いますが、河西さんはどんな気持ちで演じてたんだろう。やっぱり自分が飛べなくなってしまったことが悲しかったのかな。ピーターパンとジェーンはあの頃と変わらず空を飛んで楽しそうにしている一方で、大人になったウェンディのほろ苦い気持ちを強く感じたまま、舞台の幕が降ります。

私自身はまだ大人になりきれていないので、まだ空飛ぼうと思えばちょっとは浮けると信じているんですが←、ピーターパンの舞台に出てくる「大人」「子ども」って言葉は、年齢による区別ではない気がしました。ネバーランドにフック船長や海賊(おっさん)やインディアンがいることも含めて。
この物語ができた時代を考えると、整えられた文明社会で時計が刻む時間を目安にして雇用主のもとで労働し金を稼ぎ生活をしていくという、作者の立場での「現実」とは相反して、私利私欲や自然、自由に従って生きている存在として、世界中をめぐって金銀財宝を奪う海賊や、文明を知らないインディアン(厳密にいえばインディアの地ではないから原住民ということになりますが)がいたのではないでしょうか。親を失い居場所を失くした子どもが群れて生活するというのも当時らしい。当時にありそうな偏見的な言い方をすれば、幼稚とかいうことになってしまうかもしれないけど。
作者にとっての「大人」が文明に溶け込んで社会の歯車になり生活をまわしていく人間で、その反対になれる条件であることが「子ども」としたら、その「子ども」で居られる要素を存分に詰め込んだのがネバーランド。そしてその場所に住み「子どものままでいたい」という強い意志を吹きこんで描かれた少年が、ピーターパンなのかなと思いました。考えてみれば「パン」って神様ですし、フック船長におまえは誰だ!?と聞かれた時ピーターが「若さ、喜び、自由!」と答えたのも、それを象徴していると思いました。


ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」
【終了】2018年7月21日〜8月1日(東京国際フォーラム ホールC)
【終了】8月12日(大阪・梅田芸術劇場メインホール)
8月22日(金沢歌劇座
8月25日〜26日(名古屋・御園座

7月からの東京公演、先週末の大阪公演が終わり、残すところは来週の金沢・名古屋の4日間です。まだチケットの残っている公演もあるようなので、金沢、名古屋に近い方はぜひ!

今年3月にステージに終始出ずっぱりで主演を果たした「サイト」の直後、ドクターストップで声出すこと禁止になるほどの喉の不調と戦った河西さん。そんな中でも次々に発表されていく次の舞台出演。サイトの後は「華」「スペリングビー」(←ブログ今書いてますw´ω`)、現在公演中のピーターパンに、9月にはセーラームーンスーパーライブの舞台も決定しています。昨年はアルバムリリースがあって歌にライブに沸いたけど、今年は恒例のワンマンではなく歌ってくれる食事つきのイベントが多くて、演技に腰を据えている年なのかな?と思います。本当に頑張り屋さんですね…嬉しいですけど、どう考えてもハードなスケジュール。どうか元気に完走してくださいね(/∀\*)私もR-1を飲んで9月に備えていますw