優しかった気持ち

人がつくったものが好きです。AKB48劇場公演。

ILLUMINUS Summer Stage「花嫁は雨の旋律」【20170817 19:00- @中野ザ・ポケット】

過去の朗読劇を二度ほど逃してついに北澤早紀ちゃんの舞台を初観劇しました、夏。
初日から評判がよくて、評判がいいものほど辛辣に観がちな文系だったりしましたが普通に楽しめました。朗読劇から続くテーマでシリーズみたいになってるようです。演劇界隈は財政難なことも多いですけど、今回は台本のほかにオリジナルグッズ販売もあったりして、AKSを含む主催者の数とその名前をみるに結構な力の入ったプロジェクトなんだと思われました。いいお仕事をもらいましたね。

キャスト(♭)
中谷智昭 【片山均】
北澤早紀 (AKB48) 【片山雨(少女)】
内田眞由美 【片山雨】
菊池千花【雨の母】、絲木建汰【星野】、下京慶子【真紀】、赤沼正一【上司】、豪士【川西】、久保田奈津希【玲子】、奥野正明【マスター】、中島一博【ナオト】、千歳ゆう【カスミ】、小柳真理恵【柳原(雨の主治医)】、まついゆか【ライター】、樹宮 直稀【和樹】

ピアニストの雨が事故で記憶を失い少女に戻ってしまう。時計技師の均(ひとし)と雨の母に見守られながら少しずつ進んでいく、雨の分岐した先の日々。
記憶を失うということで「私の頭の中の消しゴム」を想像していたのですがそのような悲劇的な重たさはなく。幼稚園児くらいの記憶に戻ってしまった雨と、均が対面した時の「私こんなおじさんと結婚するの?」「心にぐさりとくる…」など、笑わせにかかってくるという不思議な進行w日常みたいに良いことがあったり悪いことがあったりが重なったりご無沙汰したりしながら進んでいく中に、笑える箇所がそっと置かれていて、劇中の世界に自然と入っていけました。「ちょっと不思議な日々」とフライヤーのキャッチに書かれていたと思うのですが、まさにその通り。今日は、明日は何があるんだろう?っていうような純粋なわくわくがあります。
雨の演者は2人います。早紀ちゃんが事故後の幼少期に戻ってしまってからの雨。内田さんが演じるのが事故が起こる前のピアニストとして活動していた雨、つまりひとりの大人の女性としての人格を持った雨。ぽけっとステージを観ているだけだと言われなければ気づかなかったくらい、あなたうっちー?って感じなくらい、風格も演技も自然で馴染んでいました。あれで焼き肉店経営してるんですから何だか立派なものですね。
IWAには今年になって何度か脚を運びましたが本当に素敵なお店ですね。一緒に行った方が舞台の話を振ると嬉しそうに笑う顔が、ここのオーナーさんは本当にあのうっちーなんだなぁと、一人のひとのいろんな場面(俳優、オーナー、アイドル)を見て不思議な心地がしました。

さっきーの役は、幼児、小学校低学年、中学生、高校生と演じ分けていく複雑なもの。時間が経って大人に近づくほどに、ああいつもの早紀ちゃんだという振る舞いになっていきます。事故後すぐは幼児レベルまで後退してしまうのですが、大人と顔を合わせればずっとニコニコしていて、相手が泣いたり曇った顔をすればどうしたの?と不思議そうな表情をする。はきはきと元気でいわゆる"子どもっぽい"言動が小学生レベルの時期。かわいらしかったなぁ
物語が大きく変わっていく中盤をちょうど中学生レベルの時期に充てているのが脚本のうまいところ。他の男の子に興味を持ち始めたり、メディアが追いかけまわしたりと辛い時期が続く。雨は反抗的で目を合わせず、関わりたくない時の早口やこわばった話し方まで、思春期特有の緊張感がありました。最後、誕生日パーティを結婚披露宴に似せた状態にしたあと、高校生レベルの知能に成長した時には、自分の状態と他者との関係まできちんと考えられるようになっていて、母親や均に対して謝ったりします。朗読劇こそ何度か場数踏んだことがあるとはいえ、演劇は今回は初めて。本当に立派な演技でした。

小さな歯車について

●雨が記憶を失った後は気を失って倒れるたびに少しずつ記憶を取り戻して知能レベルが上がっていくのですが、希望的な進行の割には照明や音響による演出がちょっと意地悪というか大げさじゃないかと思う部分があったけれど、テーマの割には重くなりすぎず笑いもあり良い舞台でした。

●雨の知能レベルが中学生くらいになり、バイトを始めた(目立たなくて人気のない)カフェで和樹に出会って、均と気持ちの距離ができていきます。この頃の均の会社のシーン、疲れて部品を床に散らかしてしまったのを玲子が手伝って拾ってあげる。その後の何の伏線でもないのだけど、こういう小さなきっかけで好きな人ができたりしてその後の人生が大きく変わっていくと考えると、記憶を失ってしまった雨を妻として愛し続けることってすごく難しいなと思いました。それでも最後には均と雨と手をとって終わるし、そんなに波乱万丈な展開が待っていそうな舞台の雰囲気でもなかったから心配しないで観ていたのですが、でもやっぱりこういうシーンは見守るように観てしまいました。

●次の雨のリリーステーマが「another life」だったことをインタビューで聞いていたライターは、雨が意図して記憶をなくし新しい人生を歩み始めたのではと均に意地悪く問いかけます。「人生をリセットしたかった」のメタファーとして、メディアが使われている感じ。均の隣に残ったのはピアニストではない新しい雨だけ。ピアニストとしての雨はもう居なくなってしまったから、この答えはそれこそ永遠に出ることはありません。

●均は新商品の時計の開発に精を出して働くわけですけれど、時計は地球の重力との戦い。永久に動き続ける、狂いのない時計を作り出すことが時計技師のロマンらしく、「人がいないと時間は進まない」という話をされていました(ちょっとこのへん曖昧)。これはまさに私が学生時代に勝手に拗らせた「時間が存在するから動くことができるのか/我々が動くから時間が存在するのか」のあの問いかけではないかと懐かしい気持ちになりました。時計を作る人となればその問いと日々向き合うことになるんですよね。私にも愛用の時計がありますが、アナログがいいんだよねー。ちょっと手がかかるくらいがちょうどいいと、均も言ってました。
それの延長でいえば、手間がかかってもいいから永遠なんてなくていいです。本当。そんなメッセージが、記憶を失ってまた新しい雨を生きていく雨とパートナーの均に向けられていたのかななんて思います。終わりのないものとか永遠に続くものって、憧れる一方でもっぱら怖いなと思ったりもしますからね。