舞台「山犬」【20190302 13:00-@サンシャイン劇場】

ホラーと思ってたらそんなことなかった。下記感想はストーリー展開など盛大にネタバレを含みます。明日の東京千秋楽の後、来週は大阪公演があるそうですので、ネタバレを気にする方はブラウザバックをお願いします。

岩立沙穂太田奈緒、谷口めぐ、山本光二郎(コンドルズ)、オレノグラフィティ(劇団鹿殺し)、丸尾丸一郎(劇団鹿殺し
脚本・演出:丸尾丸一郎(劇団鹿殺し
原案:入交星士
音楽:オレノグラフィティ
主催:オフィス鹿/ネルケプランニング

ホラー映画はほとんど観なくて、頭の中には有華ちゃん・まりやんぬの「ひとりかくれんぼ」しかなかった()から、物語がどういうところに着地するんだろうと思っていた。
同窓会、先生への恋、タイムカプセル、学校の裏山、林業関係の山小屋…と、ホラーサスペンスにいかにもありそうな設定で、どうなるのだろうと思ったら「ハマダマコト」という人物を思い出すことで展開する。冒頭から伏線が散りばめられていてシーンが展開されるたびに気づきがあり、人を怖がらせたいだけのホラーではなかった。復讐劇ではなくヒューマンドラマだった。

「ハマダマコト」からの連絡で集められた3人は協力しあいながらも監禁されているから疲弊してきて、記憶を想い出すとそれぞれ在学当時の10年前を回想して、当時の不安、苛立ち、憎しみを打ち明けていく。「死ぬ気で思い出せ」のメッセージがキーワードの本舞台。ハマダマコトに関する記憶を思い出すことができると、小屋に監禁されている3人の褒美としてカレーが置かれる。それをスプーン無しで貪り食う3人の惨めなこと…恐ろしい監禁中にそれこそ山犬になってしまったかのような姿。多国籍居酒屋の喧騒すら懐かしいが、この舞台中「食」に関するシーンがたくさん出てくるのに「ごちそうさま」をきちんと言えていたのはマコトだけだったと思う。食堂で働くコックが残り物のカレーをマコトにふるまうシーンだった。おいしそうにスプーンでかきあつめて食べてた。最後の一口を食べて次の言葉を言うまでの間合いとか、リアルだった。

マコトは「おなかすいたなぁ」と何度か言うし、タイムカプセルに入れた10年前のチョコを直子は食べちゃうし、虫を食べて自分から排出した虫をさらに食べて…というひばりのやべぇ妄想もあったし、10年前のチョコレートと尿でカレーを作ってしまう。コックも出てくる。事故で切断されてしまった手を大切そうに咥える犬に、マコトは「その手食べてもいいからな」と言ってあげる。かなり歪んだ形のものもあるがこの舞台において「食」は大切なキーで、「犠牲になった/した何かを自分の中に取りこんで生きていくこと」のメタファーだったように思う。怖いよりグロいのほうが感想として勝るのはそのせいか。

幕が上がってすぐのオープニングで流れたピクミンの愛のうたは最初はちょっとよくわからなったけど、シェフが出てきて「食べたものがその人の中で生き続ける」と言っていたから、あのオープニングは"犠牲になって食べられていった者"たちへの追悼だったのかもしれない。

みんなが大好きなカレーライスがこの舞台では食事の象徴として出てくるけれど、「カレーに入れれば何でもカレー味になってしまう」というのは残酷で、中身がにんじんだろうが牛肉だろうが赤ワインだろうがブルーチーズだろうがチョコだろうが尿だろうが人肉だろうが、中身なんか何でもよくて全部同じカレーになる。直子・ひばり・服部先生本人たちは最後まで気づかないけれど、マコトは彼らの人生の中で「犠牲になって彼らの中に取り入れられたもの」。最後のコンクールの日、直子に突き飛ばされてトラックに引かれそうになるひばりを助けようとした先生を庇おうとしてはねられ手を失い、犠牲になったから。人は自分を満たすことさえできれば、犠牲者は誰でもいいのかもしれない。そして自分がつらかった記憶(コンクールで歌えなかった、脚を失った)として忘れ、消化し取りこんで生きていく。

アキラは姉妹であるマコトのことをみんなが忘れてしまわないように、マコトの名前で同窓会の手紙を彼らに出したのだろう。そしてマコトが守ると決心した恋の相手である先生を、マコトの代わりに守り続ける。10年間。だから、私利私欲で人を好きになり妄想し誘惑したり、人を傷つけ虐待したりする中で、マコトが一番人間らしく見えた。犬をこきつかって八つ当たりして暴力をふるっているのに、直子とひばりが暴力をしあっているのと違って、なぜか許せた。犬のナレーションに憎悪が一切ないというのも一因あったかも。仕方がないとおもえて、切なかった。そうやって優しいふりをしてマコトを見ている観客の自分もまた犬を犠牲にしている。先生の優しさが残酷だと直子が言う通り、優しさの裏で何かが犠牲になるのはある意味で摂理なのかもしれない。

犠牲の霊がマコトだとしたら、あのコックは死神にも近い存在のように思う。だけどそんなコックも、インド人であることをバカにされ差別されながら、無差別に人をばらばらに殺し、カレーを作る。ある意味で彼もまた「犠牲者」だから、「与える者」として自分と同じく孤独なマコトと手を組んでいたのかもしれない。

回想と現実が緻密に編まれた演出なので、どこが生身の人でどこからが霊として立っているのか、マコトも犬もわからないようになっていたけれど、悪霊としてではなくかつて生きた一人の人として描かれていて、恐怖よりも好感のほうを持てた。むしろ、監禁されトラブルに巻き込まれて恐怖を与えられている人間側のほうが、よっぽど愚かで残酷で、悲劇の元凶のように思われた。10年間先生との約束を覚えてまっていたマコトが健気にすら思えた。最期に、散々こきつかってきた犬への気遣いがあって、マコトは優しい人だったんだなと思った。多分、先生と同じ。身体の一部を失って誰かの犠牲になる。その犠牲になった一部を誰かが取りこんで生きていく。


いろいろ書いてきてしまったが、このAKBから出演している3人みなそれぞれよかった。おめぐはなかなか感情移入できるキャラクターではなかったけれど、際どい台詞も自然にこなすし、先生に恋する自分に恋して妄想を展開する姿は大変よく狂気じみていた。たなおちゃんの役も繊細さが出ていて、おろおろと弱気なところから直子を刺しにいく歪んだ勇気まで、感情のふり幅がすごかった。力んで悲鳴みたいな声になる時の、声の透明な揺れが好きだった。
岩立さんは、セーラー服姿で微笑むポスターを見た時からてっきり女の子らしいキャラクターだとばかり思っていたけど、マコトは一人称が僕で強がり。犬を従えてお山の大将みたいに強がる。普段のうふふって言う岩立さんのイメージからは離れているのに自然。先生に思いを伝えに行った帰りに泣きながら走るシーンは恋する繊細な少女。弱弱しい泣き声がリアルで、最期の弱ってる時の色気とかふいに見せた優しさにドキドキした。初めから「まさかあれ沙穂さん?」ってところで登場するし、ある意味ひとり3役くらいの変わりっぷりで、声色とか表情、目つきもあんなに演じ分けられるのがすごい。(おそらくやってただろう早替えとかその壮絶さが全然感じられず)最後まで楽しませていただきました。

先生は怖かったかもしれないけど、ハマダマコトをホラー作品の元凶とは思いたくなかった。自分のために人を恨む人間たちと違って、マコトは怨霊のような恨みじゃなくて先生への愛情で動いていたから。最後は、マコトのためにみんなが犠牲になってくれて、報われてよかったと思えた。きっとそうやってみんな犠牲にしあいながら生きているんでしょうね。食事するみたいに。

典型的なホラー作品みたいに、永遠に続く呪い的な救いようのないラストではなくて、こんなホラーがあるんだなと思った。むしろホラーなのか?ホラー要素は強かったけど。観にきてよかったと思った。で、「しばらくカレーは食べれないわね」なんて会話がちらほら聞こえる劇場を後にして、おなかすいたぁと思ってカレーを食べて帰りました。ごちそうさまでした。

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