わかったこと。
重い「いが栗」って、おいら自身のことだったんだ。
不器用で、肝心なとこ抜けてて、言いたいこと言えなくて、かわいくなくて、自分のことしか考えられなくて、他者から愛されたことがなくて、泣き虫で、一人が好きなくせに一人じゃ寂しくて、
寂しいのに強がってみたり、かっこつけて隠してみたり。
誰かに触れたくても、傷つけたくないし、逆にそれで傷つきたくないから、結局いつまでも一人で。
それなのにいがを捨てられないのは、結局はそれも自分自身で大事だから。
中の自分を守って、保つための、大切な自分だから。
だから誰かに身を委ねた時、重さと痛さに耐えられなくて、手から落とされるんじゃないかって不安で、
だからつまり、人を信じられない。
このいがを含めたものを自分としたら、おいらを掌に大切にしてくれる人はやはりいないだろうか。
このいがをどうにか捨てなきゃならない。どうやって捨てたらいいのか。
剥く努力をしたほうがよさそうだ。
…濁流の中で、岩にぶつかったら、棘も丸くなりそうだ。
ぶつかったその時はよろしく頼むよ。今までみたく岩は、何も感じないかもしれないけど(笑
ただ一緒に居てくれるだけで助かることってあるんだよね、結構。