優しかった気持ち

人がつくったものが好きです。AKB48劇場公演。

フラガール − dance for smile –【20210404 13:00- & 20210412 13:00- @Bunkamuraシアターコクーン】

世界を救うために下界に送り込まれた魔法使い、舞台の妖精こと山内瑞葵ちゃんが外仕事の舞台「フラガール」に出るということで、渋谷という地獄の戦地に赴き嬉々として観劇してまいりました。

実は映画のフラガールを観たことがなかったので、4/4にまず舞台を観て、週末のうちにアマプラで映画*1を観て、そして4/12千穐楽を観劇してきました。 

 

以下、いわゆるネタバレ、辛い感想なども含んでいますのでご注意・ご容赦願います。 

 

作:羽原大介、李相日
総合演出:河毛俊作
構成演出:岡村俊一
キャスト:樋口日奈乃木坂46)、矢島舞美、山内瑞葵(AKB48)、安田愛里ラストアイドル高橋龍輝吉田智則武田義晴、工藤潤矢、隅田杏花(劇団4ドル50セント)、朝倉ふゆな、吉田美佳子、近藤雄介、黒川恭佑、松本有樹純、濱田和馬、岩上隼也、草野剛、秋谷百音、大串有希、尾崎明日香、三橋観月、古田小夏、相吉澤栞音、Mirii、有森也実

 

評判のいい映画で話題になっていたこともありハワイアンズができるまでの実話というのは知っていたので、まさか舞台が真っ暗な炭鉱のシーンから始まるとは思わずとてもビックリしました。時代は20年違うけど、そのThe昭和の空気にミュージカル座で観たかの「ひめゆり」が軽くフラッシュバックしたほどだった。

 

舞台と映画

いわきの炭鉱が閉山に追い込まれる1965年。いわきに大資金を投入してハワイアンズ建設が進み、炭鉱で働く木村早苗がフラダンサー募集のチラシを手にするところから物語は始まります。

映画だとハワイアンミュージックと映像独特の間が心地よいコメディタッチになっていた。けど舞台は炭鉱のシーンから始まり、炭鉱存続vsハワイアンズ建設の対立が色濃くて、登場する人々が次々に感情をぶつけてくる。しかも誰かがセリフを言い切るより先に食い気味に次の人が話し出す場面もしばしば。ある意味では舞台らしい演出なのかもしれん。セットも炭鉱の入口みたいな鉄骨の枠組みが常設されてて、なおさらこの舞台が社会的背景にフォーカスしてると思った。

そんな感じなので、開演すると早々にハワイアンズ計画反対の炭鉱夫たちの怒号が飛び交うからすぐヘトヘトに気疲れしてしまった。時間を見てみるとものの5分くらいだったけど。千秋楽で2回目観たときは「こんなもんだったか」とすんなり鑑賞できたけど、なまりがすごくて何言ってるかよくわからないし、初見であのパワーは観る側は結構体力使うぞ。

 

ただ、当時は現代以上に"村意識"や家族の繋がりが強い。自分で将来の夢を持つ以前にまずは働いて今日の食事にありつくという時代だったと思う。早苗の家庭もそうだった。

そしてさらに、舞台が特に強調していたのが性別の差。親の仕事を次いで炭鉱の男を支えるのが女の仕事……性別による役割分担が圧倒的に強かった頃の話。プロのフラダンサーを目指す少女たちに風当たりがとかく強くて、「女は…」と差別的に見られるようなセリフも多かった。フラダンスをストリップと勘違いして軽蔑する人々を、まどか先生は「フラは伝統舞踊、芸術です」と一蹴。海外でのダンスの地位、そして女性の活躍まで語る。映画にはなく舞台特有のメッセージだったと思う(映画にもあったかもしれないけどこんなに印象なかった)。

ちょっと仰々しいけど、もしかしたらこれくらい負荷をかけた表現のほうが時代の絶対的な"無言の圧"を再現できたのかもしれない。そして、だからこそ「今の状況から脱する」という紀美子と早苗の夢見る気持ちが切実に輝いて見えたのだと思う。

 

瑞葵ちゃんの早苗

ずっきーが演じるのは、主人公・紀美子にフラダンスやろう!と誘う親友の早苗。ストーリーが動くきっかけの大事な存在。開演早々真っ暗なシーンでこわかったけど、「炭が爪に入って手が真っ黒。こんな18歳どう思う?」のセリフは切実だった。炭をかき集めて運ぶ早苗の姿を最初に見ていたからなおさら共感できたのかもしれない。

【東北/炭鉱/モンペ】→【ハワイ/ヤシの木/フラ衣装】って世界が本当に真逆なの。闇から光へ…と言うと大袈裟だけど、コントラストかなり強めで描かれていたと思う。

 

大きな舞台での子役経験もありいろんな種類のダンスを経験してきた瑞葵ちゃんにとって、「できない演技」は大変だっただろうな。まどか先生に「笑って!」と指導されてる時点でもうパーフェクトスマイルだったし(かわいい…)。できない演技が回を重ねるごとに徐々に自然に、上手になったんだなと感じました。

早苗ちゃん、本当に厳しく育てられた娘って感じだった。例えば座り方。説明会でハワイアンズ計画の話を聞くときは崩れた正座で前のめりになるような座り方をしてたけど、レッスンを重ねたあとは他の子たちと同じように体育座りをするようになる(紀美子はあぐら)。ダンスシューズをもらって履いて大喜びしたり、衣装着てそわそわしてたり。

先生がフラの振り付けの意味を教えてくれるシーン。早苗ちゃんは周りのみんなが先生の真似してるのを楽しそうに眺めてるの。そして先生が見せてくれる一挙一動(あなたのすべてが愛しい………ではない)を見つめる目、一緒に踊りながら一つ一つの手振りを確かめるように演じるその表情は本当にキラッキラしてた。新しい世界を知る興奮、喜び、好奇心を早苗が感じていたのがひしひしと伝わる。

 

そんな場面からの父ちゃんの解雇。早苗のフラ衣装がひっぱがされた後の演技の迫力たるや。天と地の差。何があっても笑顔を絶やさなかった早苗の絶望の顔といったら。あんな瑞葵ちゃん初めて見たよ(瑞葵ちゃんではなく早苗ちゃんである)。父ちゃんは悪くねえし早苗も悪くねえ…誰も悪くないというのがまた残酷。強いて言うなら、瞬く間にトレンドが変化していってしまう時代のせい。

 

早苗を駅で見送るシーンでこそこそ隠れてるまどか先生に吉本さんが言った「もう一生会えないかも知れないんだぞ」がとっても切実に響いた。偶然だけど最近ゆっくり解説の動画にはまってて、そこで1981年に起きた夕張炭鉱の事故を*2を知ったばかりだったから尚更響いた(なお早苗の父が夕張のどこの炭鉱に就職を決めたのかは劇中では明かされてないため、この考えはガチ恋限界ヲタクの凄惨な妄想に過ぎない)

そんな先生に向かって早苗が叫んだ「人生で一番楽しかった!」には濁りが一切なかった。自らやりたいと思ってフラダンスを始めてステージを目指す時間は、早苗にとって本当に本当に幸せな時だったのだろうなと…。純粋無垢。ああ、炭鉱の暗い穴から出てきた少女よ…。見つけた夢に向かって走るって、こんなに美しいことなんだってくらい。

 

この早苗の騒動と別れのシーンを経て、キャストのスイッチが切り替わった。その後一つ一つのシーンに「これが最後だ」という千穐楽の影が急にちらつき出したように見えた。山内さんが苦戦したと言うだけあって*3重要な位置にあるシーン、ありったけの力を爆発させたってことだろう。

そんな早苗の告白に揺さぶれられてまどか先生はサングラスを外して、涙する目を晒して早苗にそれを手渡す。先生もまた、いわきの山でひとつもふたつも人として豊かになったってことだろう。寂しいシーンではあるけど、観劇しててこのあたりでやっと「山は希望だったのかもしれん」と実感がわいた。

 

演者が急激に涙ぐみながらステージに立つ中でも、夕張に引っ越した早苗は潤むことない笑顔で雪かきしててね。この辺りでテーマソングの歌唱が入って紀美子、まどか先生、そして早苗にもソロパートがあるんですけど「負けないぞ 負けないぞ 私には夢がある」フラがある フラガール フラガール……あれ、4日に観劇した時と千穐楽とじゃ、歌詞の重みが違うぜ。斜め上をまっすぐに向いて歌う早苗ちゃんの眩しいことよ…。

立ち姿からして他の演者と違う風に見えた。まっすぐだけど前のめりで、ステージに根を下ろしているように逞しい。稽古のシーンやフラダンスでも思ったけれど、静止の動きが本当に美しい。ただ止まってるだけじゃない。静止という動作。羽根みたいにやわらかい静止。そして立派な歌唱よ。アイドルとして聞く山内瑞葵ではなかったの。力強くて芯がある。

 

自分の希望を叶えながら生きることが出来ず炭鉱で親と一緒に働き、兄弟の面倒を見、父親が仕事を失くして知らない北海道に引っ越す…という未知の経験を前にしても、早苗は別れを惜しむ仲間たちには笑顔を見せる。

東野圭吾の小説の一文「人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。*4を思い出した。まさに木村早苗のことではないか。さらにはステージに立つことに対して時に切なくなるくらいまで愚直でまっすぐな山内瑞葵のことではないかと思った。

 

備忘録 

まどか先生を演じるの舞美の演技は初めて観た。馴れ馴れしく呼び捨てして申し訳ない。最後に観たのいつだろう、八王子の℃-ute紺に行ったのは覚えてるんだけど。本当に本当に大きくなった…立派になりましたね。いや、相変わらずの美人だけど輝きに磨きがかかったというか。プライドの高いプロダンサーの役、風格すごかった。今まで見たことのある彼女とはかけ離れた舞台の人になってて、声の出し方とか声色とかは松雪泰子氏の映像をすごい勉強したんだろうなと思った。終始厳しい顔をしている役だけど、 弱音を吐いたり感極まると泣き出しそうに目を潤ませるからグッときた。

 

あと、まどかが東京に帰るというシーンで紀美子にかける「リーダーが真ん中でしっかり踊ること。真ん中にリーダーがいることで周りのみんなは自分の位置がわかるの」は、個人的に刺さったし、演者・鑑賞者ともに48メンバーにも刺さるものがあったんじゃないかと思った。

 

これはどなたが演じてたのかもわからないんだけど、まどか先生と紀美子のお兄ちゃんが飲んでるシーンの居酒屋の親父。二人が会話を進める中、下手奥の暗がりでずっとお料理してる姿にとても味があった(対角線だったのでよく見えた)。じっくり手を動かして切ったり混ぜたり、火にかけたらシンクの縁に両手を突いてじっと待ってたりして。焼き物か揚げ物かな?落語の身振り手振りにも通ずるものがあって心地よくて、こういうの大好き。もっと見ていたかった。

 

主演の樋口日奈さんは完全に初めましてだった。フラガールのリーダーということで真ん中に立ってみんなを引っ張ったり、一人でソロのダンスを見せたりとクールな印象が強かった。周りより落ち着いて見えたけど、早苗やお兄ちゃん、先生に心を開いた後にはそれまでこわばってた表情がだんだん溶けていくのを感じた。早苗との別れの後では特に豊かになってて、お兄ちゃんに優しいセリフをかけられるとそのたびに目を潤ませて。

主人公をするに相応しい立ち振る舞いだと思ったし、演技もダンスも思っていた以上だった(上からな書き方になって申し訳ない)。フラダンスも力強くも腰使いがしなやかで、真っ白な衣装の舞いはとても綺麗でした。

そして樋口さん、千穐楽のカーテンコールの挨拶もとてもよかった。うーんと言葉を選びながらも「時代の変化に流されそうになったり、変化する時それぞれの立場の人に葛藤があったりするけど、手と手を取りあって決めた道をいけば、いつかみんなで笑い合える日がくることをこの舞台に教えられました」と。繊細な方なんだろうと思いました。

 

 

コロナ流行が落ち着かない中、無事に幕が開いて予定通り上演されてよかったです。千穐楽のカーテンコール、目を潤ませている瑞葵ちゃんの姿に「おかえりなさい」と思いました。2階席のほうへも視線を投げる彼女が好きです。ええ、本当に。舞台の人なんだなと。

ヲタク気質な私なので今後はハワイ、いわき、夕張に親近感をもってこれからの人生を生きていくことになるでしょう。知りたいことや興味も沸いたし、今回瑞葵ちゃんを通じて「フラガール」という作品に触れることができてよかったです。ありがとうございました。

 

 

王様になってほしい

早苗ちゃん、とてもいい役でした。でも物語上、最後のハワイアンズでのフラ披露の場面にきちんとした形で早苗が立てなかったことが、やはり山内さん推しの視点としては惜しかったという気持ちは拭い去れないですね。なので正直に書くのですが。

 

モバメでフラダンスの稽古を日々頑張っているのは知っていたし、お話会でお稽古の話を訊ねてみてもフラダンスのことをまず教えてくれたから、よほど力を入れて練習したのだと思う。ただ早苗はプロを目指す道半ばで去っていって最後のお披露目ステージに立たないから、乱暴に言ってしまえば”プロレベルに達さなくてもいい”役だったと思う。

でも山内さんはもちろんそんなことはしない。ところどころでフラを練習するシーンでは、カーディガンにもんぺ姿でも誰よりもしなやかで温かくて、しっかりした体の動きを魅せる美しいフラを披露していた。そんな彼女だからこそ任された役なんだと思った。それはとても誇らしいこと。

 

最後のハワイアンズステージでも、実はひそかに最前列の下手端で踊っていて「??!?」となりましたが(「LOVEセンチュリー~夢は見なけりゃ始まらない!~」の加護亜依を思い出した)、やっぱ出さないわけには行かないっすよね。ありがとうございました!と言いつつ4日は完全に見逃してしまったので、千穐楽に必死に目に焼き付けたんですが。

ずっとスマイルを保って踊ってるんだけど、ハンドタッセルを腰の近くでくるくる回してるのがなんか……かわいくて……(語彙すまん)。山内瑞葵という演者としては、ハンドタッセルとか手にもつダンスよりもメッセージ性が強いフラのほうが得意なんじゃないかと感じた。というかフラの方が演ってて楽しそう・幸せそうに見えた。

もっと突っ込んで言ってしまうと、このハンドタッセルを持って踊っていたのは早苗というより瑞葵だなーというのが正直な感想だった。だってこの時、早苗は夕張にいるからね。役になりきることを強く意識していた彼女なので、複雑なシーンでもあったんじゃなかろうか…なんてことも考えた。

 今回の舞台フラガールは瑞葵ちゃんにとってAKBとして初めての外仕事の舞台だったし、まだこれからたくさん活躍してほしい。そして、いつか主演で舞台に立つのを観てみたいといっそう思いました。

 

これは山内瑞葵さんの経歴を見るたびに私が個人的に思っていたことなんだけど、もどかしさというか悔しさというか…そういう感情も彼女は持っているんじゃないかと想像することがある。子役時代の劇団四季ライオンキング出演は当然ものすごい経歴なのだけど、彼女がどんなに頑張っても王様に憧れるシンバ役にはなれなかったわけで。山の人たちの「女は…」じゃないけどさ。

「AKBのセンターになる」という夢を毎日一度は心に思っていたというくらい、誰よりも努力家(同期・前田彩佳いわく「天才と見せかけた努力家」)で負けず嫌いな瑞葵ちゃん。今回の舞台でも、実力のある彼女だから木村早苗のポジションを与えられたのは理解しているけれど、どうか器用貧乏にはならないで欲しいという思いもある。

前向きにどんどん自分を高めていこうとする瑞葵ちゃんだからこれからも頑張ってくれるだろうと信じていますけどね。でも、もっともっと。これからもステージの真ん中、スポットライトの下で輝いてほしいです。本当に。

 

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*1:Amazon PrimeVideo フラガール(2006年)

*2:YouTube 【ゆっくり解説】炭鉱でガス爆発が発生し苦渋の決断...『北炭夕張新炭鉱ガス突出』

*3:ステージナタリー 【稽古場レポート】「フラガール」稽古場公開、主演の樋口日奈は「正面から魂を込めてぶつかっていく」

*4:東野圭吾容疑者Xの献身』より。なお全然関係ないと申しましたが、映画版容疑者Xの献身では絶望する数学者・石神を救ったお隣さんの母娘、母親を演じたのが、映画版フラガールで平山まどか役の松雪泰子氏だったりする。ただの偶然だけど。ちなみに引用箇所は地の文のため映画には出てこない。