優しかった気持ち

人がつくったものが好きです。AKB48劇場公演。

彩希ちゃんとNHK紅白48人選抜を考える2

第67回NHK紅白歌合戦

夢の紅白選抜の48人の発表(名前のみ)があり、村山彩希ちゃんはその名前を呼ばれました。
明日31日おおみそかの、紅白歌合戦に、AKB48(その実は48G)として出場します。
彩希ちゃんも今年の最後の仕事は紅白だと、48人選抜として出演する意思を伝えてくれました。惜しくも出演できなかったメンバーも、彩希ちゃんの出演を嬉しく思っているというメッセージを各所で目にします。
劇場公演を頑張ってきた、今年は198回の公演に立ち続けた。その頑なな活動が今回の投票結果になったのだとしたら、AKB48の原点である劇場公演を守り抜く活動が支持された、努力が報われたを体現してくれたことになると思います。

ただ、先日24日の握手会で紅白48人選抜について彩希ちゃんと話した時の言葉の選び方を思い返すと、今回の投票イベント自体への参加と、選抜入り後の辞退について、メンバー達に拒否権はなかったのだなと察します。48Gにいるかぎり、順位付けされることから逃げられないし、順位を拒むこともできない。そのことがとても残酷だなと思いました。例年通りみんなで出演できるなら話は別ですが、人気投票で出演できるメンバーを限るのであれば、ステージに立つ当人たちの思いに耳を傾け、選択肢を与えるべき企画だったと思います。
かつてのAKB48選抜総選挙も強制参加でした。それも立候補制になった今ふりかえると残酷だった。なぜかというと、そこには運営やファンの意思(参加させたい、上位に入れたい)はあるのに、肝心のメンバー達本人の意思(参加したい/したくない)はどこにも存在していなかったからです。今経験をもって、やっと理解できた気がします。

むらやまゆいりちゃん

前回のブログで、今回の紅白48人選抜の投票は、今までの選抜総選挙リクエストアワーなどの投票イベントとは異なると書きました。より純粋な順位を見ることができるのではないかと思ったからです。そして300人以上の中で何のアピールもないまま、48人に選抜された。堅実に活動している彼女を多くの人が認めている証です。実際に村山彩希への支持の高さを目の当たりにした。
ただし、その後は?
今回の紅白選抜を経て、2017年、このまま選抜総選挙にも出てほしい…!という期待や圧力は今までよりもずっと大きくなるでしょう。運営からもファンからも。私は何よりもこのことが怖いです。AKB48にいる以上、48の"普通"をこなして輝く彩希ちゃんを見てみたいという意見もあるかと思います。そのことが彼女を苦しめると考えると、本当に本当に、選んだ道の険しさを痛感します。
もっとAKBのやり方に染まったほうが楽になれる。総選挙に立候補しそうにもなったと迷いがあったことも、19歳の生誕祭で話していた。でも彩希ちゃんはそれをしない。
"普通"とは充足感を得るための型ではない。「AKBにいて何ができるのか」を問うている彩希ちゃんが、"普通"の活動で満足はできないだろうと思う。だから、劇場出演回数を3年連続でメンバー内最多記録を達成しても、無言のうちに48人選抜に支持されても、すっきりとした喜びの感情が見えてこない。
問題の根本は、やはり今のAKB48の運営体制にあるのだと思います。選抜入り、メディア出演、知名度向上などが48の頂点に位置付けられている。原点であるはずの劇場公演は蔑ろにされ、メンバーのスケジュールを拘束するという意味ではお荷物状態とも言える。でも彩希ちゃんはこの劇場公演を大切にしていて、多くの人の目に触れることのないライトの当たらないステージでも頑張っている人がいるんだと伝えたい。ここでセンターになりたいと思っている。
はたから見れば、その先に何があるんだろう?疑問を呈してAKBを変えたいのだろうか?と、抱いているビジョンと目標がぼんやりとしているのは否定できない。
だからといって、既存のレールに反抗する彼女にそれを強要したくはない。19歳の少女がその眼で何を見て、頭の中で何を考えているのか、これから何をしてくれるのかを、じっと眺めていたいと思う。時間がかかることだから、答えを急ぎたくない。しびれをきらせて無理強いすることがあれば、ヘタをしたら彼女はこのチームからいなくなってしまうかもしれない。彼女がどんな華を咲かせてくれるのか、その先を見たければ、ただただ見守ることしかできないと思います。

選べることが大事なんだ 人に任せるな 行動しなければ Noと伝わらない

欅坂46が今年4月にリリースした1stシングル「サイレントマジョリティー」で初のNHK紅白出場を決めました。
あの歌詞内容が多くの人の心にとまっている。にも関わらず、いざ自分の近くにいる人が列を乱そうとすると目くじらを立て、他の人達と同じことをしてほしいと願い、それを促すメッセージを送る。私はこのことが解せません。ルールに整えられた"普通"という列の中で反骨を歌うことに快感を覚えているだけのように思えます。頭の中から生み出す実行という行為がなければ、どんな思想もこの世に存在しないのと同じです。


皮肉にもこの状況を体現しているのが今現在のAKB48だと思います。「サイレントマジョリティー」は元々M.Tに捧ぐ公演に組み込まれる予定の楽曲だったと聞きますが、今のこんなグループにはとても歌えなかったメッセージです*1
例えば、兼任制度で他の48のグループから兼任生がやってくる、劇場公演の主格としてポジションを与えられるも外仕事でほとんど穴をあける。その穴を埋めるのは、日頃から劇場公演に出演している、メディアにはあまり出てこないメンバー。それなのに、大きな箱でのライブやテレビ等のメディアでは劇場に穴をあけるメンバーほど明るく迎え入れられ、美味しいところを全部持っていく。劇場公演をひたむきに支えているメンバーは公の前ではライトを浴びる機会が与えられない。この現状に、誰も声を上げない。上げてるのかもしれないけど、ファンには見えない。大箱のライブがつまらなくても、1曲2曲出られればそれで満足しなければいけない風潮。運営がスポンサーのためにと仕組んでいそうな八百長的筋書きでも、仕方ないと諦めてしまう空気。私は偏った事象だけを書いているかもしれない。でもこの片鱗だけをとったとしても、これは普通ではない。
その原因は、諦念で凝り固まってしまったメンバーをはじめとする現場の人間だけでなく、批判に真摯に耳を傾けない運営にもある。戸賀崎さんもTwitterで苦言を呈していた。数ヶ月前には、スタッフからメンバーに黒髪指令が渡り、髪を染めていたメンバーが次々に黒髪に戻すという出来事があった*2。これではっきりしたことは、秋元康や戸賀崎さんのようなAKBの創始者たちと、現場をまわしている運営チームに意識の乖離があるということ。
劇場公演なんて毎日やったってその収益はたかが知れている。それだったら、シングル・アルバムのために楽曲を書いたほうが、CDの売上が入るし、握手会のイベントも打てるし、"選抜メンバー"が楽曲を持っていればライブも新しいものを作れる。最近では公演ごとの集合写真どころか大箱ライブでの写真も何種類も劇場ロビーのみで売るようになった。そんなに収益がほしいなら、ドンキ8階をショップにしてしまえばいい。そんな案だってきっと上層部の会議では話に出ているのではないだろうか。AKB48の運営は今、その努力で名声を得た名前にあぐらをかいて、少女たちをうまく使ってお金を搾取するためのシステムになろうとしている。


それを感覚的に察知して、自分の姿勢を頑なに通しているのが村山彩希ちゃんなのではないかと、ふと思いました。
AKB48にいる以上順位をつけられるイベントは避けられないのでしょうが、与えられた順位だけでAKB48にいる価値と理由が判断されてはならない。
あくまでも私見にすぎませんが、AKB48が今の運営を続けていく以上、彩希ちゃんは劇場公演に重きを置く活動スタイルを貫くでしょうし、この対立が続く限り、AKB48という名の下に選り好みされる48Gの選抜は、新しい風を取り込むことができない。本店は支店の食い物にされ、さらに形骸化を進めるでしょう。
村山彩希というアイドルを殺したくなければ、運営が姿勢を変わる必要があるように思う。ただ、どれだけ幅広い人々から愛されているとしても、たった1人のメンバーために態度を改めるほど柔軟な頭をもつ人間は今の運営にはいないだろうし、そううまくいかないのも現実としてわかってはいるつもりだけれど。



理由はそこにある

だから彩希ちゃんが好きなんだと思います。大好きな劇場公演という文化を守ろうとしていることが。
こういう反骨精神をもった行動はなかなかしづらいものです。やったとしてもこのご時世、致命傷になった場合には取り返しがつかなくなることさえある。それを一人の少女が、アイドルという夢を与える立場で、清純な信念に基づいて実行している。彼女もまたファンと同じように、この実社会で生きている一人にすぎない。でも彼女の頑なな行動は、何かを諦めかけていた大人たちにもじわりじわりと浸透してきている。その結果が、48人選抜に結果として表れているとしたら、こんなにも誇らしいことはない。

彩希ちゃんを応援していて驚くのは、本当に彼女が手を抜いているのを見たことがないことです。やるべきことはきちんとこなす。文句も甘えも見せず、歯を食いしばって“頑張っている”。そのことをわかっているからこそ、ファンの立場から私はああしろこうしろと言いたくない。彼女がどんな景色を見せてくれるのか、ただその後ろについていきたいだけ。メジャーではない道を進んでくれていることが、勇気をくれ、励みになる。

ある意味では甘やかしと言われるのでしょうが、誤解を恐れずに言えば、我々はただ一介のファンであって、親や友達じゃない。自分が何か影響を与えられないかという見返りと表裏一体の希望をもって、投票イベントや握手会に資産をつぎ込み、彼女の人気を支えているつもりになったり、説教したりする人もいる。でも実際には、根本の彼女の性格を受け入れていなければ、何もできていないに等しいのではないか。「一緒に頑張ろう」と声をかけることはあるけど、実際に頑張るのは彼女。自分の満足のために彼女を応援することだけはしたくない。少なくとも自分はそう思う。


日々を彩る希望の名前

私は視野が広くはないから、好きなメンバーを軸にしてAKBを見ています。シングルが出てもその子が参加している楽曲、披露した楽曲でないととっつけないところがあります。彩希ちゃんは選抜メンバーでこそありませんが、その技量で多くのステージをこなしてくれます。劇場公演はほとんどのチームのセットリストに立つことができ、穴があればすかさずポジションを覚え、大箱でのライブでもそれで良いポジションを得ることもあります。
彩希ちゃんが頑張ってくれるから、私は多くの楽曲を知ることができました。好きなメンバーがいるからこそ、自分とその楽曲の間に物語が生まれて、それまで聞いたことのなかった楽曲にたくさん触れることができました。
大袈裟かもしれませんが、その歌は少なからず何の変哲もない私の人生を彩り、希望を与えてくれ、元気のない時には寄りそってくれます。その恩を仇で返すことはしたくない。だから、48でのライトの当たるポジションを得ることではなく、大好きな彩希ちゃんがやりたいことをできるように、彩希ちゃんが選ぶ道をただ、見守りたいです。誠実に活動をしている彩希ちゃんだから、ライトのほうから彼女を追いかけてきてくれるはず。そう信じています。


年の瀬にまで長々と、ブログを更新してしまいました。今年はこのブログ、SSブログに、今ひっそりと執筆しているものを含め、いろいろな文章を書きました。ヲタ活できる頻度はさておき、引き続きヲタクをしていくことになると思います。ゆいりちゃん好きや。2017年も皆様よろしくお願いします(・ω・)ノ良いお年を

*1:2016年4月のAKB新聞にて、横山由依総監督の言葉が載っているらしい。紙面を自分で見たわけではないので伝聞でしかありませんが。

*2:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160909-00010007-musicv-ent